バルト三国の中央に位置する森の国ラトビアを2026年6月、旅しました。中世から700年以上も列強に支配されながら、独自の暮らしと文化を紡いできました。「バルト海の真珠」と呼ばれる首都リーガは13世紀から、ロシアとヨーロッパを結ぶ交易都市として栄えてきました。この記事では1時間ほどの運河クルーズを紹介します。バイキングや貿易商人が行き交った川から、世界遺産である旧市街の街並みが楽しめます。
運河の始まり17世紀

リーガ旧市街の西側を流れるダウガワ(Daugava)川は、ロシアとヨーロッパを結ぶ重要な交易路でした。現在は観光客が歩く石畳の旧市街ですが、川を利用して毛皮や琥珀、穀物などを扱う「商人の町」でした。川の近くには倉庫が立ち並んでいました。現在は多くが失われましたが、残った建物はレストランやギャラリーとして使われています。

昔は通りや番地ではなく、「白い鳥の倉庫」のように建物のシンボルで場所を示していました。

運河はスウェーデン統治時代の17世紀が始まりです。中世の古い城壁に代わる新たな要塞として、全長3kmを超える長い堀が造られました。19世紀に城塞は撤去されましたが堀は残され、現在は緑豊かな公園として整備されています。
ボート乗り場は自由記念碑近く

ボート運航会社は数社ありますが、乗り場が自由記念碑に近い「リーガ・バイ・キャナル(Riga by Canal)」を利用しました。チケットは公式サイトで購入すると1-2ユーロ安くなります。予約は不要で、次の出発時刻がボードに書き出されています。満席で乗れなければ次の出発を待ちます。

船の旅50分
木造ボートは10-20人乗りで、座席指定はありません。先着順なので、船首がよければ早めに並んでおくといいでしょう。私たちはアメリカ在住の韓国人グループと一緒になりました。彼らが日本語で話しかけてくれ、とてもあたたかい雰囲気でした。

出航すると橋をくぐります。自由記念碑は1935年に建てられ、ラトビアが独立国家として歩み始めた時代を象徴しています。頂上の女性像が掲げる三つの星は、ラトビアを構成する三つの地域を表しています。リーガ中央駅やリーガ中央市場を眺めながら鉄橋をくぐると、ダウガワ川へと出ます。

国際高速鉄道プロジェクト「レイル・バルティカ(Rail Baltica)」が走る予定の鉄橋が見えました。予算難で造りかけのまま工事が中断しています。

リーガ大聖堂や聖ペテロ教会の塔がそびえる旧市街が広がります。大きな川の流れと数百年前からの人の営み…美しいコントラストに息を飲みました。石畳を歩いて見上げるのとはまた違った景色です。

リーガ城は13世紀に建てられた城塞で、現在はラトビア大統領府として使われています。かわいいお城です。白地にエンジ色の十字入りの大統領旗が上がっていれば、大統領が国内で執務中とのサインです。

フェリーターミナルには大型客船が停泊していました。コロナ前はヘルシンキやストックホルムに定期便がありましたが、現在は休航になったままです。フェリーターミナルを過ぎると運河に戻ります。穏やかな流れにホッとします。
50分ほど風に吹かれてリフレッシュしました。歩き疲れてちょっと休みたいな、という気分にもってこいです。運河を航行している間は穏やかですが、ダウガワ川では状況によっては揺れるので、船酔いしやすい人は船の後方に乗り、遠くの景色を見て過ごすとよいと思います。
Riga by Canal (運河ボートツアー)
住所:Bastion Hill Park, City Canal Bastion Hill, Rīga, LV-1050 ラトビア
営業時間:10:00-19:00
営業期間:4月11日-11月16日(2026年)
料金:大人20ユーロ(割引有り)
公式サイト
ラトビア バルト三国の中央に位置する。人口180万人。面積は約6.5万km²で、九州と四国を足したぐらい。国土の半分が森林。中世からドイツやポーランド、スウェーデン、ロシアなどの支配を受け、20世紀には独ソに占領された。1991年にソ連から独立を回復。公用語はラトビア語。通貨はユーロ。
「バルト海の真珠」と呼ばれる首都リーガは13世紀からハンザ同盟に加盟し、バルト海交易の拠点として栄えた。ドイツ商人らの営みを今に伝える街並みは「リーガ歴史地区」として1997年、ユネスコ世界遺産に登録された。北緯57度はモスクワや米アラスカ州南部と同程度。人口は60万人ほどで、バルト三国では最大。
(取材協力:ラトビア投資開発公社<LIAA>観光部、フィンエアー)







