バルト海に面した小さな国・ラトビアを2025年12月、旅しました。中世からドイツやスウェーデン、ロシアなどの支配を受け、20世紀には独ソに占領されながらもたくましく紡がれた文化や暮らしを取材しました。この記事では、伝統のサウナ文化「ピルツ」を紹介します。自然の力で心身を「温め」「解き放ち」「ととのえる」という、奥深いプロセスを体験しました。
サウナ文化「ピルツ」とは

ピルツ(Pirts)とはラトビア語で「サウナ」の意味です。「サウナに入る」と言うと汗をかいてリラックスするイメージですが、ラトビアでは人生に深くかかわる儀式や風習そのものです。かつてはピルツ小屋で子を出産し、亡くなった人を清めました。いまでも誕生や結婚を祝い、日常では家族や親しい人と一緒に入ります。まず体を温め「ウィスク」と呼ぶ枝葉やハーブの束で体に働きかけ、川や雪、冷水で体を冷やし、休んで心身をいたわります。首都リーガの日本語通訳・アグネスさんは「日が短い冬、ピルツをしないで何をするんですか」と笑いました。車の運転手さんも「親しい人とピルツ小屋を所有していて、時々行きます」と話していました。


日本では薪ストーブの上の石(サウナストーン)に水をかけ、蒸気を楽しむフィンランド式サウナ「ロウリュ」が知られていますが、バルト三国にはフィンランド式とは異なるサウナ文化が根付いています。薪ストーブを使うのは同じですが、バルト三国のサウナはウィスクを多用し、スピリチュアルな要素があり、時間も3~4時間と長いのが特徴です。三国でもそれぞれ違います。

洗練された施設「ズィエドレヤス(Ziedlejas)」


私がピルツを体験したのは、首都リーガから車で1時間ほど行ったスィグルダの森にあるウェルネス施設「ズィエドレヤス(Ziedlejas)」です。広々とした丘には池があり、木々に溶け込むように宿泊キャビン「ガラスルーム」とピルツ施設がたたずんでいます。ピルツは「ウール」「ガラス」「スモーク」と3種類があります。



オフロード用のレンタルバイクで森を探検するのも楽しそうです。伝統のピルツにデザインの要素を入れて、アップデートした印象です。国際的に影響力のある建築デザインメディア「Dezeen」(拠点・ロンドン)のアワードに2021年、ノミネートされたそうです。




敷地を歩きながら、3つのピルツの違いについてオーナーから説明を受けました。私の印象も加えた分類は下記になります。
| ガラス | スモーク(煙) | ウール(羊毛) | |
|---|---|---|---|
| デザイン | モダン | 伝統的 | 独自デザイン |
| 雰囲気 | 明るく開放的 | 奥まっていて秘境的 | 羊毛の包まれ感 |
| 立地 | 隣の池の桟橋から泳げる | モミの木の下、湧き水のそば | 高台の静かな環境 |
| 特徴 | ガラス窓からの光と景色 | スモークによる深い体験 | 羊毛脂(ラノリン)のいやし |
| 体験の方向性 | リラックス重視 | ヒーリング・治癒 | スパ感覚 |
| 利用イメージ | 初心者・家族向き | ひとり・少人数向き | 新しい体験が好きな人向き |
「スモークは一番熱く、一番強く、そして一番治癒的、伝統的です。進め方はガラスとスモークは似ていますが、ウールは少し違います」とのことです。室温は季節にもよりますがいずれも65度前後で、日本の乾式サウナ(80~100度)よりはずいぶん穏やかに思えます。


「ウールのピルツ」を体験

私は「ウール」の施術を4人で受けました。一連の流れを仕切るのは国家資格を有する「ピルツマスター」です。ベテランのリーガ・アプシテ(Līga Apsīte)さんと若手で英語を話すグナ・スタンコ(Guna Stanko)さんが私たちを迎えてくれました。コツコツコツ…靴音を響かせて桟橋を渡り、らせん状の建物に入ります。水をたたえた風呂があり、柱の合間からのぞく森がすがすがしく感じます。リラックスするためのスペースにはリーガさんお手製の黒パンとハーブティー、アロマスプレーなどが並んでいます。ハーブの香りが心地よく、落ち着きます。

水着は持参していましたが「着ないほうがお勧めです」と言われました。4人とも「そうですね」と即答したのは、すでに心が解き放たれていたからかもしれません。これから何が起きるのだろう。少しドキドキしながらコートを脱ぎました。
体の芯から温まり、芯から冷やす

「4人ともどうぞ」。ピルツの丸い部屋に入りました。壁は羊毛で覆われ、モンゴルの家「ゲル」のようです。しっかりしたスノコ状の施術台が2台、向かいには壁に沿ってベンチがあります。中央に見えるのは石が詰まった羊マーク入りのサウナストーブです。薪をくべて生まれた強い熱を石が引き取り、人が受け取れるやわらかさに変えます。熱すぎず、うるおいたっぷりの温かさです。
まずはウォームアップです。汗をかいて老廃物など不要なものを手放します。「人それぞれ必要な時間が違います。10分で温まる人もいれば、30分かかる人もいます」とグナさんは言い、2人で4人のコンディションを見極めていきます。
私が最初に「温まった」ようで、リーガさんは真っ先に私の手を取り、外へ誘われました。つい20分前までダウンコートを着て歩き回った場所を、生まれたままの姿で進みます。水風呂の前で「肩まで入って」とリーガさんが肩に手を載せました。覚悟を決めて体を沈めました。キーン、と音が聞こえそうなほど体の芯まで冷え切りました。

ディープクレンジングから「あつ・ひや」

戻ったらハーブティーを飲んで温まりました。ピルツ部屋に戻ってベンチで休んでいたら、また施術台へ呼ばれました。指示されるままうつ伏せになると、頭には松の木のような束(ウィスク)が載せられました。白樺とハーブ入り石けんを泡立て、スクラブ用の手袋で軽くこすります。全身を洗ってもらったら、寝たまま冷水とお湯を交互にかけられます。「ひゃっ」。思わず大声が出ました。
流れは特に説明されません。終わってからグナさんに聞くと「次に何が来るか分からない状態で、熱い、冷たいのコントラストが入ると、思考が完全にオフになります。冷たいのか熱いのかも分からなくなる。そのとき、すべてがバランスの中に入ります」とのことでした。体そのものが自然にととのうモードにするためのようです。
使ったウィスクは10種類

ウィスキングとは様々な効能を持つ枝の束(ウィスク)を使い、蒸気や香り、刺激を心身に届ける伝統の方法です。やさしく体に触れる「植物の手」のようです。今回は白樺やオークなど、少なくとも10種類のウィスクを使ったそうです。「木々に触れ、見つめ、香りを感じながら選び、願いや意図を込めます」。
最後はハチミツのマスクで全身が包まれます。ウォームアップ、ディープクレンジング、ハチミツとリラクゼーションの3段階です。合間にハーブティーを飲み、絶品の黒パンをいただきました。
仕上げは巨大ハンモックで「冷気浴」

「あそこで休んでください」。毛布にくるまれ、外に導かれました。ええ、あそこ。建物に入る時に見かけ「このネットは何のためだろう」と思っていたのですが、巨大ハンモックだったのか。バッタリ転がると、さらに毛布を追加してくれました。気温は5℃程度、しっかりくるまります。網の下には落ち葉のじゅうたんです。ミノムシになった気分で、何とも言えない浮遊感です。肌をさわるとツルツルでした。あやしい美容広告のようですが実感です。
リセット以上、リボーン感覚

気付けば4時間がたっていました。グナさんは言いました。
「人と自然がつながる力を私たちは信じています。いやされ、本来の自分や自然に戻ることができます」「赤ちゃんのような感覚になる人もいます。誰かに大切にされている感覚です」「ただのスパだと感じる人もいますが、深く入ると、瞑想やセラピーのようになることもあります。答えが自然に浮かぶこともあります」。
なぜピルツに来たのか。その理由によって体験は変わります。リピーターの人たちは「今日はこれに向き合いたい」と決めて来るそうです。「痛みや失恋、人生の選択などです。ピルツでは、それらの答えがとても自然に、簡単に現れることがあるからです」。
午後2時ごろに施術を終えましたが夜まで体が温まったままで、寒さを感じませんでした。グナさんが言うように自然と結ばれ「生き返った」と思える深い体験でした。
ズィエドレヤス(Ziedlejas)
食事のサービスはない。宿泊時には5キロ先のレストラン併設ホテル「アパリュアヅ」(Viesnīca Aparjods Siguldā)」で。
住所:Ziedlejas Gaujmaļi, Sigulda, LV-2150 ラトビア
営業時間:10:00-19:00
料金:ピルツのセッションは1人260ユーロ、4人540ユーロ(ピルツマスターの人数によっても料金設定あり)
公式サイト
(取材協力:ラトビア投資開発公社<LIAA>観光部、LOTポーランド航空)
ラトビア バルト三国の中央に位置する。人口180万人。面積は約6.5万km²で、九州と四国を足したぐらい。国土の半分が森林。中世からドイツやポーランド、スウェーデン、ロシアなどの支配を受け、20世紀には独ソに占領された。1991年にソ連から独立を回復。公用語はラトビア語。通貨はユーロ。
「バルト海の真珠」と呼ばれる首都リーガは13世紀からハンザ同盟に加盟し、バルト海交易の拠点として栄えた。ドイツ商人らの営みを今に伝える街並みは「リーガ歴史地区」として1997年、ユネスコ世界遺産に登録された。北緯57度はモスクワや米アラスカ州南部と同程度。人口は60万人ほどで、バルト三国では最大。







