バルト海に面した小さな国・ラトビアを2025年12月、旅しました。中世からドイツやスウェーデン、ロシアなどの支配を受け、20世紀には独ソに占領されながらも紡がれた文化や暮らしを取材しました。この記事では、ラトビアの人々が愛する「森」にたたずむ気鋭のレストラン「パワール・マーヤ(Pavāru māja)」を紹介します。同店は持続可能なガストロノミーを志す店として「ミシュラングリーンスター」に認定されています。食空間ごと自然とアートが一体となって「ここでしか味わえない一皿を出す」との思いにあふれていました。
ミシュラングリーンスターとは

ミシュラングリーンスターとは「持続可能なガストロノミーに対し、積極的に活動しているレストランに光をあてる」シンボルで、レストランガイド・ミシュランが2021年度版から始めました。星による格付けとは別で、掲載店すべてが対象です。

レストラン「パワール・マーヤ(Pavāru māja=ラトビア語で料理人たちの家、との意味)」は首都リーガから北東に車で1時間ほど、ガウヤ渓谷にあります。ソビエト時代に建設された秘密の地下壕(ソビエト・シークレット・バンカー)に近く、私たちはバンカー見学後に行きました。
小川の橋を渡って店へ向かいます。地元観光局のPR担当スィンティヤ・ワナガ(Sintija Vanaga)さんは、ラトビアの伝統を教えてくれました。「初めて橋を渡るときは、願いごとをすること。そして、それを誰にも言ってはいけません」。心に願いを秘めて渡りましょう。
築120年の元・産院を改装

「パワール・マーヤへようこそ。今日は皆さんのために、美しい4コースのランチをご用意しています。まずは地元産、リンゴの温かいドリンクをどうぞ」。広い庭で迎えてくれたのは、サービス担当のアルトゥールス・クリャヴィンシュ(Artūrs Kļaviņš)さん、シェフのユリス・ドゥカリスキス(Juris Dukaļskis)さんです。

濃いルビー色のドリンクが色鮮やかで、スパイスがほんのり香ります。ホットワインのようですがノンアルコールで、ほどよい酸味です。コースランチへの期待が高まります。

レンガ造りで煙突がある建物は元々は産院で、1901年に建てられました。この地域は19世紀から高級な紙づくりで栄えましたが、ラトビアが独立を果たした1990年代に工場は閉鎖され、産院も朽ち果てていました。スローフードの実践者として知られるオーナーのエーリクス・ドレイバンツ(Ēriks Dreibants)さんが5年ほど前、レストランとして再生させました。彼は鳥類学に造詣が高く、渓谷の洞窟で冬眠するコウモリの調査をしていて「ここにレストランをつくりたい」と思ったそうです。建物を購入し、改装を始め、地元の人々とつながってオープンさせました。

食材はできる限り地元産です。庭と温室で果物やスパイス、キュウリやトマトなどを自分たちで育て、ハチを飼ってハチミツをつくっています。
シェフのユリスさんは「地元の農家や漁師、猟師は、私たちの親友です。一緒に新しい食材を考え、どう育てるか、昨日よりどう良くなるかを考えています」「ラトビア料理は今、人気が高まっています。ここでしか食べられない最高の料理を出したいのです」と話しました。

森にある洞窟に食材を保管する、生ゴミはたい肥にする、陶器は日本の「金継ぎ」技法で修復する。どれも食材(農業)だけでなく、人の営みと自然が共存する「パーマカルチャー」の志が伝わってきます。
4コースのランチを紹介します。

アミューズ(つきだし)


大根とシーバックソーンのジュレがメレンゲのような台にのせられています。シーバックソーンはオレンジ色の小さな実で、栄養価が豊富なラトビア名物です。もう一つはタルトレットです。鹿肉のタルタルに地元のハードチーズが削りかけられています。「指でつまんで一口で食べてください」。そう言われてパクッと口に入れました。サクサクのタルト生地にタルタルが軽やかに重なりました。


1:パイクパーチと卵

パイクパーチはスズキ科の淡水魚です。「ザンダー」とも呼ばれ、ヨーロッパでは高級食材として知られています。塩漬けにされたパイクパーチには、かぼちゃのソースが添えられています。カリカリの「皮せんべい」がアクセントです。
もうひとつは低温でゆっくり火入れした卵に、マスとワカサギ卵がトッピングされていて卵ざんまいです。卵はウニのようななめらかさでした。


自家製パンと白樺シロップ

自家製パンがやってきました。一つはライ麦、もう一つは小麦のパンです。小皿には地元の農場がつくった菜種油に、白樺の樹液シロップを回し入れてくれました。いずれもラトビアに欠かせない食材です。白樺は春になると集めた樹液をそのまま飲んだり、煮詰めてシロップにしたりします。「白樺シロップを1リットル作るのに、樹液が160〜180リットル必要です。イタリアにオリーブオイルとバルサミコがあるように、ラトビアでは菜種油と白樺の樹液シロップです。役割は少し似ていますが、まったく違います」とアルトゥルスさんは話しました。

2:黒い根菜×白いチーズムースとクロケット

運ばれてきたのは3皿です。和食器のようなお椀のふたを開けると、黒と白のコントラストが目に飛び込んできました。まさか練り黒ゴマ?と思ったのは「ブラック・サルシファイ」です。キク科の植物で「西洋黒ゴボウ」「キクゴボウ」とも呼ばれます。

別のガラス皿にはブラック・サルシファイのチップス、ブルーベリーのピクルスと、黒パンからなる「グラノーラ」が入っていました。「忘れずに黒根菜の器に加えてください」と言われ、お椀に少しトッピングしていただきました。黒根菜クリームに地元チーズのムースが合わさって、リッチなコクを感じました。

(“Blood-sausage croquette)ⒸPen&Voyage
さらに出てきたのが鳥の巣のような皿です。小さなコロッケ(クロケット)は血のソーセージで、ブラック・サルシファイの細長いチップスが添えられています。「クロケットとチップスは手で食べてください」。野趣あふれ、どこからどこまでが飾りでどこから食べていいのか…。「自然とともにある」を体現するかのような料理です。血のソーセージのおかげで、元気になりそうな味わいでした。

3:野生鹿のチョップとキノコ

(Wild venison chop, plum purée, black trumpet mushrooms, kale)ⒸPen&Voyage
鹿はきれいなロゼ色で、ライヨールのナイフは必要ないほどのやわらかさです。「ソースは野生のキノコと、そのエキスで作っています」との言葉通りで、これでもかというほどキノコの香りが際立っていました。

お皿一面に敷かれた針葉樹の枝には、キノコ型のクッキーが。黒い小鉢には「おかわりキノコ」が。オーガニックしいたけ、ブラックトランペット(黒ラッパ茸)、エリンギが使われていて、ラトビアの森の恵みが詰まっていました。
4:ドングリと菊芋デザート

デザートにも驚かされました。ドングリと菊芋(エルサレム・アーティチョーク)です。ドングリはキャラメルに、菊芋はクリーム、ビスケット、アイスクリームに。「皿の上にはドングリの粉を散らして、砂のような表現にしています」。ドングリ!縄文人になった気分ですが、ナッツの素朴な味がして、ていねいな仕事が伺えました。
「オーク材の器も地元の職人がつくりました。ドングリと菊芋、森の素材を使い、味だけでなく見た目や質感まで含めて、この土地の森を一皿で表現しています」。

4コースのランチ49.99ユーロ

「4コースメニュー」と言いながら実際は、パンを除いてもアミューズ2種に前菜2種、根菜2種、鹿、キノコ、デザートと9品も出てきました。フランス料理で「デギュスタスィオン」といわれる、少しずつ楽しめるコースです。どの皿も「これは何?」と、器から一品ずつ確かめずにはいられない面白みがありました。4コースのランチは49.99ユーロです。飲み物は別ですが、それでも信じられないほどのクオリティです。ディナーも99.99ユーロでリーズナブルです。

シンティヤさんは「地元の人たちは、有名なシェフがこの小さな町の何もない場所に来て、かなり高いレストランを開くと聞いて、本当に人が来るのか、と思っていました。でも驚いたことに実際に人が来ました」。製紙業がすたれた森の小さな町も「パワール・マーヤ」を軸にガストロノミーツーリズムで再出発したい、との思いが伝わりました。
食事前に訪ねた冷戦時代の遺構と、最先端のスローフードの世界は落差が激しすぎて、たった数時間前に地下壕にいたことが遠い夢のように思えました。
ツェースィス地域で取材したスポット
※地点マークをクリックすると、説明と該当する記事のURLが現れます。
(取材協力:ラトビア投資開発公社<LIAA>観光部、LOTポーランド航空)


パワール・マーヤ(Pavāru māja)
住所:Pilsoņu iela 2, Līgatne, Līgatnes pilsēta, Cēsu novads, LV-4110 ラトビア
営業日:13:00~(土・日)16:00~(木~日)19:00~(木~日)※要予約
公式サイト
ラトビア バルト三国の中央に位置する。人口180万人。面積は約6.5万km²で、九州と四国を足したぐらい。国土の半分が森林。中世からドイツやポーランド、スウェーデン、ロシアなどの支配を受け、20世紀には独ソに占領された。1991年にソ連から独立を回復。公用語はラトビア語。通貨はユーロ。
「バルト海の真珠」と呼ばれる首都リーガは13世紀からハンザ同盟に加盟し、バルト海交易の拠点として栄えた。ドイツ商人らの営みを今に伝える街並みは「リーガ歴史地区」として1997年、ユネスコ世界遺産に登録された。北緯57度はモスクワや米アラスカ州南部と同程度。人口は60万人ほどで、バルト三国では最大。







