バルト海に面した小さな国・ラトビアを2025年12月、旅しました。中世からドイツやスウェーデン、ロシアなどの支配を受け、20世紀には独ソに占領されながらもたくましく紡がれた文化や暮らしを取材しました。この記事では、首都リーガにあるミシュランガイド掲載の五つ星ホテル「グランド・ポエット・バイ・セマラ(Grand Poet Hotel and SPA by Semarah)」を紹介します。洗練されたノルディック・デザインと旧市街に徒歩数分でアクセスできる便利な立地が特徴で、数泊でも濃密な滞在になることうけあいです。モデルコースを参考に、プランを立ててみてくださいね。
19世紀の建物×モダンアート



「グランド・ポエット」は首都リーガ初の5つ星デザイナーズホテルとして2018年にオープンしました。ラトビアが誇る詩人の名を冠したライニス(Rainis)通りに面しています。近くに外務省や大使館があり、もともとはホテルも政府の省庁でした。テーマは「ディプロヘミアン(diplohemian)」で、外交の歴史(diplomacy)とボヘミアン(bohemian)の融合。19世紀に建てられた歴史的な建物をリノベーションした5階建ての館内のあちこちにアート作品が飾られ、クラシックに挑戦するような「攻めた」モダンデザインが斬新です。

2025年版のミシュランガイドでは、個性ある滞在先として「1(ワン)ミシュランキー」を獲得しています。




部屋はカードキーで、きちんと閉めないとアラームが鳴ります。天井が高く、真っ赤なソファがかっこよすぎてドキドキします。USBチャージャーは2つ、コンセント差込口(Cタイプ)も2つあり、スマホやカメラを充電するのに助かりました。12月の滞在でしたが浴室のパネルヒーターはよく効いていて、浴槽で簡単に洗った洗濯物はすぐ乾きました。
欠点を挙げるとすると、私の部屋が入り組んだ場所にあって迷ったぐらい(方向音痴なのもあります)です。
朝食ビュッフェも文句なし




朝食ビュッフェは午前7時~午前10時半、M(メザニン)階でいただけます。フルーツ、野菜、魚、肉、パン、デザート…種類が多すぎて目移りしました。スモークサーモンやスモーク鯖、ニシンなど海の幸もたっぷりです。「今日は魚中心で、明日は果物メイン」などと決めて日替わりで楽しみました。




「Grand Poet」拠点の観光プラン
「グランド・ポエット」は目の前が運河が流れるバステイカルナ公園(Bastejkalna Park)です。ほとり沿いを5分ほど歩くとラトビア独立のシンボル・自由記念碑に着きます。高さ42メートルの塔を目印にしてホテルへ戻れます。

1日目:首都リーガ観光
「Grand Poet」から旧市街へは歩いて7~10分ほどです。世界遺産に登録された中世の街並みが広がります。11月下旬から1月初旬であれば、リーガ大聖堂広場でクリスマスマーケットが開かれます。


食のパビリオン「アーゲンスカルンス市場」は歩くと40分で、シェアライド「Bolt」をお勧めしますが、何でもそろう中央市場であれば旧市街からも徒歩20分ほどで行けます。




「グランド・ポエット」は立地がよいので、買ったものを置きに戻ったりひと休みしたりが気軽にできます。もちろん注意は必要ですが、遅くなっても心配なく歩けます。

2日目:郊外へ
首都リーガを観光した翌日は、郊外へ出かけるのをお勧めします。ラトビアの伝統サウナ「ピルツ」体験か、ソ連時代の秘密地下壕とミシュラングリーンスターのレストラン「パワール・マーヤ」へ行くか。3泊すればいずれも楽しめます。





1-2泊の予定なら遠出はせず、2日目は新市街のアール・ヌーヴォー建築や国立図書館を見学して、ラトビア発のボタニカルキャンドルMUNIOでのワークショップに参加するのもいいですね。




(取材協力:ラトビア投資開発公社<LIAA>観光部、LOTポーランド航空)
Grand Poet by Semarah(グランド・ポエット・バイ・セマラ)
住所:Raiņa bulvāris 5/6, Centra rajons, Rīga, LV-1050 ラトビア
客室:168室
公式サイト
ラトビア バルト三国の中央に位置する。人口180万人。面積は約6.5万km²で、九州と四国を足したぐらい。国土の半分が森林。中世からドイツやポーランド、スウェーデン、ロシアなどの支配を受け、20世紀には独ソに占領された。1991年にソ連から独立を回復。公用語はラトビア語。通貨はユーロ。
「バルト海の真珠」と呼ばれる首都リーガは13世紀からハンザ同盟に加盟し、バルト海交易の拠点として栄えた。ドイツ商人らの営みを今に伝える街並みは「リーガ歴史地区」として1997年、ユネスコ世界遺産に登録された。北緯57度はモスクワや米アラスカ州南部と同程度。人口は60万人ほどで、バルト三国では最大。







