バルト海に面した小さな国・ラトビアを2025年12月、旅しました。中世からドイツやスウェーデン、ロシアなどの支配を受けながらも、紡がれた文化や暮らしをかいま見ました。この記事では首都リーガで人気の「アーゲンスカルンス市場」を紹介します。70の農家や作り手がこだわりの産品を販売、フードコートやキッチンもある食のパビリオンです。スタートしたばかりという「ガストロツアー」に参加、ラトビア産7-8品の試食を楽しみました。
市民に愛され100年、2022年にグレードアップ

「おはようございます。ヴィルヘルムスと申します。よろしくお願いいたします」。ヴィルヘルムスさんが案内してくれました。流ちょうな日本語なので、日本人が多く訪れているのかと思いきや「日本人を案内するのは初めて」だそうです。
アーゲンスカルンス(Āgenskalns)はリーガ旧市街から車で10分、ダウガヴァ川左岸の地名です。市場が1898年に開業したころは露店の集まりで、1914年から施設の建設が始まりました。「残念なことに第一次世界大戦中は地下は弾薬庫、1階は厩舎として使われていました」。中断をへて1925年、現在のアールヌーヴォー様式による建物が完成しました。2025年は開業100周年でした。
このリーガ最古の市場は2022年に改修され、モダンで活気のあるスペースになりました。2階は各国の料理が楽しめるフードコートです。「人々が食べて飲んで、会って、交流する文化の拠点として年間約200のイベントが開催されています」。本の交換会や植物の交換会もさかんなのだとか。
イタリアの総合フードマーケット・イータリー(EATALY)のラトビア版と言えるかも…と思いつつ、イータリーより日常づかいに感じました。場外にある花市場やカスピ海の石油掘削用に造られ、後にテレビ塔として使われた塔を見ながら中に入りました。

冬を越すためのピクルス

まずはピクルス屋さんです。「ラトビアでは厳しい冬を越すため、野菜の保存方法が発達しました。キャベツだけでもハンガリー風にドイツ風、キムチまであります」。カボチャのピクルスを試食させてもらいました。初めて食べましたがサクサクした食感です。「カボチャは『子どものころを思い出す』という人もいれば『ソビエト時代の味だから忘れたい』という人もいます」。こうした食の物語を知ると、味わいが深まります。

どこも余さず豚の燻製

ソーセージやベーコンだけでなく、豚の頭や耳も並んでいました。「豚はほとんど捨てるところがありません」。
試食したスモークポークは肉が主張していて絶品でした。塊ごと買って帰りたい!と思いますが日本への持ち込みはNG、しっかりお腹に納めました。

お祝いには魚の燻製


サバやサーモンの燻製はすぐ分かりました。平たい魚はカレイでしょうか。濃い茶色の色合いで、しっかりスモークするのがバルト式です。燻製は日本の干物のような立ち位置かと思いましたが、魚は日常食ではなく旬の時期やお祝いに食べるのだそうです。「スモークに使う木の種類によって香りが変わります。リンゴなど果樹を使うこともあります」と教えてくれました。
試食したのはヤツメウナギ、バターフィッシュ(イボダイ)、サーモン、サバの燻製です。ヤツメウナギはゼラチン質がねっとりとしてやみつきになる食感です。ラトビアでは珍味として人気があるそうです。「ヤツメウナギの漁期には沿岸の村で、大規模なお祭りが行われるんですよ」。バターフィッシュのサクサクした歯ごたえが好対照でした。


とにかく黒パン

ラトビアの人にとってライ麦でつくられる黒パンは主食以上の存在です。「栄養価が高く、ラトビア人はほぼ毎日食べます。酵母を使わず、粗い穀物で自然発酵させています」。
主食のみならずおつまみにもスープにも、デザートにも飲み物にもなります。揚げた黒パンのガーリック味「キプロク・グラウズディニ(ķiploku grauzdiņi)」を口にしました。「これはビールが欲しくなりますね」というと、ヴィルヘルムスさんは笑いながら「そう、ビールに完璧に合います。ボウル一杯食べてビールを2本飲めば、翌朝は後悔するかもしれませんが、その夜は最高です」。

夏至のチーズ

チーズや乳製品を売る店では、いかにも「布に包んでギュッと絞りました」といった風情の丸っこい塊が並んでいました。夏至のチーズ「ヤーニュ・シエルス(Jāņu siers)」です。「このチーズはとても重要です。蜂蜜やジャムと一緒に食べます。もちろんビールにも。バターと混ぜて、朝食にパンに塗る食べ方も人気ですよ」。
乳酸菌と酵母でつくる発酵乳製品ケフィアもたくさん種類が並んでいました。「アルコール分が少し含まれているのですが、子どものころは『たくさん飲むと酔える』と思っていました。でもアルコール度数は0.05%くらいなので、酔うなんてことは起きませんでした」。

伝統のビールとクワス

スーパーにも並ぶビールの定番銘柄はBauskas alus(バウスカス・アラス)です。ラトビアにはドイツ支配前からビ-ル醸造の文化がありました。「全国の醸造家が集まり、成功例や失敗例、ビールを使った実験について共有するイベントもあります。参加者は皆、小規模なホームブルワリーです」。
微アルコール飲料「クワス(Kvass)」は黒パンを発酵させて作る伝統的な飲み物です。試飲しでみると薄いビールのような、麦茶のような味でした。「ドミニカ共和国出身の女性がクワスを飲んだとき『子どものころを思い出す。ドミニカにも同じようなものがある』と言っていました。地球の反対側なのに、同じような風味があるんです」。
トイレは地下1階


このほかアイスクリーム店で食べたブラウニーと塩キャラメル入りアイスクリームもおいしかった!シングルカップが2.9ユーロです。
地下1階はアンティークが並んでいました。トイレは地下1階にあります。最後にヴィルヘルムスさんからメッセージをもらいました。(取材協力:ラトビア投資開発公社<LIAA>観光部、LOTポーランド航空)
アーゲンスカルンス市場(Āgenskalns Market)
住所:Agenskalns Market, Nometņu iela 64, Zemgales priekšpilsēta, Rīga, LV-1002 ラトビア
営業時間(1階):9:00–19:00(火~土)9:00-17:00(日・月)
ガストロツアーは大人35ユーロ(毎週木曜)
公式サイト
ラトビア バルト三国の中央に位置する。人口180万人。面積は約6.5万km²で、九州と四国を足したぐらい。国土の半分が森林。中世からドイツやポーランド、スウェーデン、ロシアなどの支配を受け、20世紀には独ソに占領された。1991年にソ連から独立を回復。公用語はラトビア語。通貨はユーロ。
「バルト海の真珠」と呼ばれる首都リーガは13世紀からハンザ同盟に加盟し、バルト海交易の拠点として栄えた。ドイツ商人らの営みを今に伝える街並みは「リーガ歴史地区」として1997年、ユネスコ世界遺産に登録された。北緯57度はモスクワや米アラスカ州南部と同程度。人口は60万人ほどで、バルト三国では最大。







