【ラトビア】首都リーガのアール・ヌーヴォー建築。装飾が語る営み

【ラトビア】首都リーガのアール・ヌーヴォー建築。装飾が語る営み
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バルト海に面した小さな国・ラトビアを2025年12月、旅しました。中世からドイツやスウェーデン、ロシアなどの支配を受け、20世紀には独ソに占領されながらもたくましく紡がれた文化や暮らしを取材しました。この記事では、世界遺産に指定されている首都リーガ新市街のアール・ヌーヴォー建築群を紹介します。壮麗な装飾に圧倒されながら「富や野心、ユーモア、そして喪失。すべてが建物に刻まれている」というガイドの言葉を実感しました。

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アール・ヌーヴォーとは

アール・ヌーヴォーはフランス語で「新しい芸術」の意味で、1890年代〜1910年代ごろのヨーロッパで広まった美術運動です。産業革命で始まった大量生産への反発から、自然の植物や女性をモチーフに、装飾性に富んだ表現が多用されました。

政府公認ガイドのヤーニス・リエクスティンシュ(Jānis Riekstiņš)さんは、リーガでのアール・ヌーヴォー建築が大流行した経緯についてこう説明しました。

アール・ヌーヴォー建築を説明するガイドのヤーニス・リエクスティンシュ(Jānis Riekstiņš)さんⒸPen&Voyage
アール・ヌーヴォー建築を説明するガイドのヤーニス・リエクスティンシュ(Jānis Riekstiņš)さんⒸPen&Voyage

「リーガは19世紀末、ロシア帝国で6番目に大きな都市で、工業の中心でした。ロシアで最初の自動車や自転車はリーガでつくられたんです。成功した人たちは建物で自身の富を誇示したいと考えた結果、20世紀初頭に建築ブームが起き、リーガはアール・ヌーヴォーの一大拠点になりました」。アール・ヌーヴォー建築は800棟あり、リーガ中心部の建物の約3分の1を占めるとされています。

エリザベテス通り10b(Elizabetes iela 10b)

建築家ミハイル・エイゼンシュテイン(Mikhail Eisenstein)が1906年に建てた代表作ⒸPen&Voyage
建築家ミハイル・エイゼンシュテイン(Mikhail Eisenstein)が1906年に建てた代表作ⒸPen&Voyage

「なぜ?」と思うほど巨大な顔、これでもかと盛られた装飾があるのは、建築家ミハイル・エイゼンシュテイン(Mikhail Eisenstein)が1906年に建てた代表作です。アルベルタ通りの1本南に位置するエリザべテス通りにあります。

建物の上部中央には、富の象徴である羽を広げたクジャクがいます。入口のフクロウは「明日の薄明かりを見る知恵」を表しています。「次に何が来るか分かっている、という意味です」。

4階バルコニーに設置されたステンレス像ⒸPen&Voyage
4階バルコニーに設置されたステンレス像ⒸPen&Voyage

いかにもアール・ヌーヴォー的な壁をバックに、4階バルコニーに立つ銀色の裸の男性像には度肝を抜かれます。2025年4月に設置された彫刻家アイガルス・ビクシェ(Aigars Bikše)のステンレス像「Good morning」です。仁王立ちになって叫んでいるようにみえますが、「おはようございます」とあいさつしているのだとか。「若く永遠であるリーガ市民を表している」そうです。

「作者はアール・ヌーヴォーには裸の女性が多すぎる。だから裸の男性を置くべきだ、と考えました。この顔は、設計者エイゼンシュテインの息子で、『戦艦ポチョムキン』などで知られる映画監督セルゲイ・エイゼンシュテイン(Sergei Eisenstein)をモチーフとしました」。

アルベルタ通り(Alberta iela)

アルベルタ通り(Alberta iela)に立ち並ぶアール・ヌーヴォー建築。今でも活用されているⒸPen&Voyage
アルベルタ通り(Alberta iela)に立ち並ぶアール・ヌーヴォー建築。今でも活用されているⒸPen&Voyage

アルベルタ通りは、リーガが20世紀初頭に存在を誇示した通りです。わずか260mの小路ですが、アールヌーヴォー様式による建物が8棟並びます。「住宅地として計画されましたが、同時にショーケースでもありました。だから、この通りでは建物が静かに立っていることはありません。すべてが語りかけます」。

女性のモチーフが多いⒸPen&Voyage
女性のモチーフが多いⒸPen&Voyage

当時の建物の多くは賃貸住宅で、オーナーは最もよい部屋に住み、残りを貸しました。一階は商業用途として設計され、店やレストランが入りました。「お金は眠らせない。働かせる。それがアルベルタ通りの考え方です」。美しいファサードの裏に、合理的な経済の発想がありました。

ラトビアが第二次大戦後、ソ連に占領されると一変します。「オーナーの財産は没収され、建物は共同住宅になりました。一家族一部屋でキッチンとトイレは共有です。美しさと不自由さが同じ場所に存在していました」。

アルベルタ通り2a(Alberta iela 2a)

入口の両脇にスフィンクスもどきがある建物ⒸPen&Voyage
入口の両脇にスフィンクスもどきがある建物ⒸPen&Voyage

入口の両脇に「スフィンクスもどき」のような、翼がある獣がいます。「ここは守られている、との意味です」。縦のラインはありますが、強調しすぎません。装飾も左右対称で、リズムはきれいで、それほど過多ではありません。

アルベルタ通り4(Alberta iela 4)

アルベルタ通り4番地の建物ⒸPen&Voyage
アルベルタ通り4番地の建物ⒸPen&Voyage

上部の窓の形は、丸、縦、楕円など様々です。「アール・ヌーヴォーらしくしないと時代遅れに見えたんです。装飾は多いですが、ミハイル・エイゼンシュテインの建物ほど『爆発』していません」。

アール・ヌーヴォー博物館(Riga Art Nouveau Center, museum)

アール・ヌーヴォー博物館のらせん階段ⒸPen&Voyage
アール・ヌーヴォー博物館のらせん階段ⒸPen&Voyage

博物館として室内を見学できるのは、建築家コンスタンティン・スペクシェンス(Konstantīns Pēkšēns)が1901年に建てた建物です。「彼はラトビアで最も多作な建築家で、200以上の建物を設計しました。中の装飾はすべて地元の植物です」。入ってすぐあるエレガントならせん階段が印象的です。

「手すりを見てください。植物です。全部、ラトビアの植物で、異国趣味ではありません。この国に根を張ったモダンです。上を見ると自然光が落ちてくるでしょう。電気がまだぜいたくだった時代、光そのものがステータスでした」

ソ連時代はここも共同住宅でした。「ソ連時代、階段はただの通路でした。一家族一部屋。美しさを気にする余裕はなかったはずですが、壊されずに残りました」。

キッチンも当時の器具を置いて再現されているⒸPen&Voyage
キッチンも当時の器具を置いて再現されているⒸPen&Voyage

キッチンは客が入る場所ではないので、それほどの装飾はありませんが、レトロなタイルが素敵です。「それでも1900年代初頭、この家にはすでに水道があり、流し台もありました」。

1900年初頭の様子を再現したキッチンⒸPen&Voyage
1900年初頭の様子を再現したキッチンⒸPen&Voyage

ソ連時代になると、メードが使う場から住人すべての場所になりました。「一家族一部屋でキッチンは共有です。順番待ちで大変だった。美しいタイルの前で、現実がぶつかり合いました」。

バスタブはオリジナルが残ったⒸPen&Voyage
バスタブはオリジナルが残ったⒸPen&Voyage

オリジナルの家具は残っていません。残っていた二つだけの装飾をもとに、すべてを再現しました。「鋳鉄のバスタブは残りました。重すぎて盗めなかったからです。1902年にはすでに温水もあり、とても進歩的な建築家でした」。

修復の問題も

アルベルタ通り11番地(Alberta iela 11)の建築ⒸPen&Voyage
アルベルタ通り11番地(Alberta iela 11)の建築ⒸPen&Voyage

きらびやかな建築群のなかには色はくすみ、見るからに手入れのされていない建物もあります。「アメリカ人観光客は『アダムス・ファミリーの家』と呼びます」。放っておくとこうなるのだな、と思い知らされます。

「この建物はとても重要ですが、状態はひどい。理由は簡単です。修復にはお金がかかりますが、リーガ市の補助金は最大2万ユーロ(約360万円)です。正直に言って、あまり意味がありません」。

アルベルタ通り13番地(Alberta iela13)に立つアールヌーヴォー建築ⒸPen&Voyage
アルベルタ通り13番地(Alberta iela13)に立つアールヌーヴォー建築ⒸPen&Voyage

隣はアルベルタ通り13番地(Alberta iela 13)です。女性の顔や姿が彫られた壮麗な建物で、ベルギー国旗とEU旗がはためいていました。ベルギー大使館が5階に入っているそうです。生きた用途がある保存の成功例とのコントラストがまた、現実を感じさせました。「あちらは壊れかけ、こちらは完璧に修復されている。違いは一つだけです。オーナーがお金を出したか、出さなかったか」。

世界遺産として保護されていてもすべての建物が等しく修復されているわけではありません。「保存は理念ではありません。計算です。誰が修復費用を負担するのかで、ファサードの運命は決まります」。

「アール・ヌーヴォーはきれいな装飾の話ではありません。建物を見ているようで、実は人を、社会を見ています。だれが建て、だれが住み、だれが手放し、だれが修復したのか。その結果が、いま目の前にあります」。

(取材協力:ラトビア投資開発公社<LIAA>観光部LOTポーランド航空

アール・ヌーヴォー博物館(Riga Art Nouveau Center, museum)

住所:Alberta iela 12, Centra rajons, Rīga, LV-1010 ラトビア
営業時間:10:00-18:00(火~日)
入場料:大人9ユーロ、学生5ユーロ
公式サイト
※アルベルタ通りのアールヌーヴォー建築は、博物館を含めて2、2a、4、6、8、11、12、13番地に立つ。
※博物館から徒歩4分にミシュラン掲載レストラン「Māsa(マーサ)」がある。

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